愛しの暮らし

子育て・犬育て・自分育て。暮らしのなかにある愛しいものを綴っています。

星を見上げるひととき


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星を眺めるのが好きだ。

星図を見ながらの星探しも楽しいし、望遠鏡を使って宇宙空間を旅するような感覚で見るのも楽しい。

 

だがいちばん好きなのは、あたたかい飲み物を口にしながら、のんびり見上げる星である。

 

特に今くらいの季節になると、夜風が冷たくなり、あたたかい飲み物がじんわりと染みてくる。私はホットジンジャーやホットレモンをのみながら、庭のベンチに座って、ただただ星を見上げる時間がいちばん好きだ。心が穏やかになり、上を向くだけで現実の煩わしさが消えていくような気持ちになってくる。

 

子どもを寝かしつけたらようやく自分の時間だ。急いで家事を終わらせ、ホットレモン片手に庭に行くと、秋の星座であるペガスス座が輝いていた。

 

季節は秋。

地上では暑い日もあるが、星たちは間違いなく秋へと移動している。西の空には夏を楽しませてくれたにぎやかな星座たちが沈んでいこうとしていた。

 

今日の私が暮らしの中で愛しいと感じたもの。

それはあたたかい飲み物を手にしながら見上げる星たち。

何ものにもとらわれず、無心で見上げる星の美しさはいつ見ても格別である。

 

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波佐見焼きの箸置き


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箸置きとしては一度も使ったことがない。

そもそも「使おう」と思って購入したのではなく、気づいたらこれを持ってレジに並んでいた。

 

というのもこの箸置きがあまりにもアポロに似ていたからだ。

 

伝統がありながらもおしゃれな色や形をしたものが多い波佐見焼き。そのデザインの柔軟性と品質の確かさに虜になる人も多いという。もちろん私もその1人だ。

 

この箸置きはアウトレット市場の中で見つけた。

どこからどう見てもダックスフンドではあるが、耳の形もぼんやりしていて、目もしょぼしょぼしている。破格の値段がつけられているのも納得だ。しかもわが家にはすでにいくつもの箸置きがあるので、これ以上買う必要はない。

 

にもかかわらず買ってしまった。

というのもそのままにして帰れなかったからだ。

 

わが家のアポロは知人からもらい受けた。たくさん兄弟がいたようだが、アポロだけ耳の形が悪いという理由でもらい手がかつかず、ひとりぼっちでいた。

そして私たち夫婦はなかなか子どもに恵まれず、犬を子どもとして迎えようという話になっていた。そんな時にアポロとの出会いが舞い込んできたのだ。

 

確かにアポロの耳は付け根のあたりから横にはねるような形をしており、一般のダックスのようにまっすぐ下がっていなかった。しかしそのぴょんとはねた耳がアポロの個性だと感じ、全く気にならなかった。そうしてアポロはわが家の一員となったのだ。

 

この箸置きを見たときに、その時のアポロと何となく重なった。アウトレット品ということもあり、売れ残ったら処分されかねない。それが嫌で迷わずレジに持って行ったのだ。

 

そしてこの箸置きは今、わが家の飾り棚の上でのんびり過ごしている。お気に入りのソファーの上で昼寝をするアポロとその1歳下の妹を眺めながら。

 

今日の私が暮らしの中で「愛しい」と感じたもの。

それはアウトレット品の箸置き。

いつの間にかにぎやかになったわが家のリビングを今日も静かに見守ってくれている。

 

 

 

マダムの優しさ


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やってしまった。

 

後でつけようと思っていたのだ。それなのにやっぱり忘れてそのまま買い物に出かけてしまった。

 

子連れで外出する前は忙しい。自分の準備もほどほどに、子どもを抱えて飛び出していく。今日もそんな感じでバタバタと玄関をあとにした。

 

そのマダムに「背中のボタンが外れていますよ」と声をかけられるまで、私は何カ所か立ち寄っていた。インフォメーションセンターでベビーカーを借り、眼科で目薬ももらった。でもその間、誰も私の背中のボタンが外れていることを指摘する人はいなかった。

 

通りすがりのそのマダムはわざわざ私を追いかけてきて、少し申し訳なさそうに「あの…」と声をかけてくれた。そして背中のボタンが外れていることを指摘してくれたとき、私が「ありがとうございます、全然気付きませんでした…」というと「私もよくやっちゃうのよ」と明るく笑い、娘と繋いでいる私の手を見て「触れてよければ留めますよ」と言ってくれた。

 

コロナ禍で接触に気を使う今だからこそ、あえてそう言ってくれたのだろう。そしてその前に「私もよくやっちゃうのよ」と笑顔を見せてくれたことが、私の心を少し軽くしてくれた。

 

別れ際、丁寧にお礼を言うと「ママは自分のことが後回しになっちゃうもんね。体に気をつけてね」と更に優しい声をかけてくれた。

 

その瞬間、鼻の奥がツンとした。

いつぶりだろう、他人とこんなふうに話をするのは。

 

接触を避けるようになった昨今、他人との不必要な会話などほとんどない。

育児中の私が話をするのはもっぱら家族ばかりだ。

 

他の人たちも「あの人ボタンが開いてる」と思いながらも、こういう時代だからこそ、声をかけるのを自粛したのかもしれない。

 

しかしそのマダムは、ボタンが外れたまま歩く私のことを放っておけずに追いかけてくれたのだ。

 

私はその優しさに目頭が熱くなるのを感じた。

 

私もこうでありたい、と思う。

 

声をかけるのは勇気がいるし、どんな反応をされるかもわからないけど、やはり他人にも「優しい人」でありたいと思うのだ。

 

そのマダムのおかげで私の心があたたかくなったように、私も誰かの心をあたたかくできる存在でありたい。そうすることで、自分も救われるような気がする。

 

今日の私が暮らしの中で愛しいと感じたもの。

それは背中のボタンを留めてくれたマダムのような優しさ。

こういう時代だからこそ、いっそう心にしみてくるようだ。

 

〈おまけレシピ〉かぼすゼリー


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今日のブログ

hoshizukiako.hatenablog.com

で触れた私の愛する故郷のスイーツ「かぼすゼリー」の作り方をご紹介したいと思います。

 

かぼすゼリー(6個分)

 

ーーー材料ーーー

かぼす 6個(果汁およそ70cc程度)

水30cc

砂糖 30g

クックゼラチン 1袋(5g)

 

 

ーーー作り方ーーー

●かぼすゼリーの器作り

①かぼすのヘタを上にし、上から3分の1くらいのところを切る。

②スプーンを使って果肉を取り出す。

※果肉と果汁はゼリーを作るときに使う

③置いたときに安定が悪いようなら、底を少し切ってまっすぐ置けるようにしておく。

④ゼリーの飾り用に皮を少しだけ細く切っておく。

 

●ゼリー作り

①取り出した果肉(果汁)から種と皮を取り除き、一度漉しておく。

②鍋に果汁と水、砂糖を入れて火にかけ混ぜて溶かす。

③クックゼラチンを入れて混ぜる。

④事前に作ったかぼすの器に③を入れ、冷蔵庫で冷やし固める。

⑤固まったら細く切ったかぼすの皮を乗せて出来上がり!

 

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簡単で、お家でつくるデザートにぴったり!

甘さはお好みで調整してくださいね。

 

なかなか見かけない「かぼす」かもしれませんが、爽やかな甘酸っぱさを愛してもらえたらうれしいです。

 

from AKO

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弟から届いたかぼす


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弟からかぼすが届いた。

 

私の実家は小さな小さな田舎町で、学校行事も農繁期は避けて行われるほど農業が盛んだ。最近はさすがに気をつけるようになったが、幼い頃は両親が家にいなくても鍵はかかっておらず、季節ごとにいろんな野菜や果物が玄関に置かれていた。だからかぼすも買う必要はなく、時季が来ると玄関に置かれているもの、という印象がある。もちろんそれは商品として出荷出来なかったものなので、形が美しくなかったり、黄色がかったりしているのだがそんなことを気に留めたことはなかった。

 

私の地元では何にでもかぼすをかける。味噌汁、お鍋、焼き魚、ヨーグルト、もちろんゼリーやパウンドケーキなどのお菓子にもなる。かぼすをかけるだけで風味が増し、何でも美味しく食べられるので、食欲がない時は重宝する。大切なのは果汁であって見た目は関係ないのだ。

 

でも弟から届いたかぼすは、まんまるに整っており、色は美しく深い真緑色をしていた。

 

こんなに美しいかぼすをもらうことはほとんどない。だから私はお礼も兼ねて弟に電話し、このかぼすはどうしたのかと尋ねてみた。

 

弟は地元の郵便局で働いているのだが、お客さんである高齢の方から「知人にかぼすを送るために手を貸してほしい」と頼まれたそうだ。その方は足が悪く遠出が難しいので、これまでも弟が配達に行ったついでに家の電球交換をしたりと御用聞きをおこなっているとのことだった。

 

田舎だからかもしれないが、人間関係の近さに加え、仕事の範疇を越えてお手伝いをする弟の姿を思い浮かべながら感心した。弟は昔からそういうところがある。困っている人を放って置けないのだ。つまり私に送られてきた美しいかぼすは、その方に頼まれた「ついで」だという。

 

「ついでねえ」と私が笑うと「ついでっち言ったら悪いんやけどな」と方言丸出しで弟も笑った。

 

電話を切った後に弟のことを考えながら、ふと甘さを加えたかぼすゼリーが食べたくなった。

自由に東京の大学に行き、その後も好きなことを仕事にして都会で働いていた私とは対照的に、自分のやりたいことを胸に抱えながらも弟は今も両親のすぐ近くに住んでいる。酔った時は「そんな自分が嫌になる」と愚痴りながら。

 

コロナが落ち着いたらそんな弟とゆっくり話したい。

好きな音楽のこと、本のこと、これからのこと。

 

今日の私が暮らしの中で愛しいと感じたもの。

それは弟の優しさを感じる美しい真緑色のかぼす。

甘酸っぱいゼリーを作ってゆっくりと味わおうと思う。

 

 

 

アポロとの時間


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わが家には「アポロ」という名前のミニチュアダックスフンドがいる。

 

アポロはもうすぐで3歳になる甘えん坊だ。

 

耳の形が悪くてもらい手がおらず、ひとりぼっちでいたところを私たちが引き取った。

 

アポロがわが家の家族になったのと同じ年に娘が生まれたので、アポロはたちまち「お兄ちゃん」になったのだが、アポロだってまだ甘えたいさかり。泣いたらすぐに抱っこしてもらえる娘に吠えては文句を言っているようだった。

 

そんなアポロも最近では娘に全く吠えなくなり、良い遊び相手になってあげている。どんなに自分のおもちゃを取られても娘が飽きるまではじっと我慢して待ち、お昼寝を妨害され、追いかけ回されてもおとなしくしている。せっかくアポロが私の体にぴったりとおしりをつけてくつろいでいても、傍若無人な娘が割って入ってくるので、なんだかかわいそうになってくるほどいい子だ。

 

ところが今日はひさびさに夫が娘を連れて外出してくれるという。私はアポロと2人っきりで過ごせることが嬉しくてたまらなかった。

 

アポロは私のことが大好きで、私もアポロが大好きだ。だからアポロも嬉しかったのか、ずっと私のそばにいておしりをぴったりとくっつけてくれていた。せっかくだから遊ぼうと誘ってみても、邪魔者がいない貴重な時間だからべったりと甘えたいといわんばかりに膝の上に寝そべったり、お腹を見せたりしていた。

 

犬というのは一度大切に思った相手のことは決して裏切らないという。裏切るのはいつも人間のほうで、愛情が冷めたら見向きもしない。しかし犬は、愛してくれたことを決して忘れず、もう一度振り向いてくれるのを今か今かと待ちながらじっと見つめ、自分の元へ来てくれるのではないかと足音を聞いているのだ。

 

だから私は決めている。

私もアポロのことを決して裏切らない。

人間より早いスピードで生き急ぐアポロが、今日も幸せだったと思えるようにしよう。

そして虹の橋を渡るその日まで、全力で愛し抜こうと。

 

本当に愛するからこそ、アポロにはきちんとしつけもし、ダメなことは叱る。そのかわり、たくさんスキンシップをし、散歩に行き、栄養たっぷりのごはんをあげる。体調が悪ければ病院に連れて行き、アポロが安心するまで近くにいる。ひとりで留守番させることはあっても「孤独」は感じさせない。アポロを真ん中にしていつも家族の安らぎがある。

 

今日の私が暮らしの中で愛しいと感じたもの。

それは愛犬・アポロとの時間。

いつも無上の愛をくれるかけがえのない存在だ。

 

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月見バーガーはお庭で


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今年もこの季節がやってきた。

年に一度私が必ず口にするもの、それは「月見バーガー」である。

 

何だ、そんなことかと思われるかもしれない。

 

しかし私は普段「ハンバーガー」というものを一切食べない。妊娠糖尿病になって以来、バーガーにポテトという圧倒的高糖質のものを自然と避けるようになったのだ。

 

しかし「月見バーガー」だけは別である。

 

数年前、本当に月をみながら「月見バーガー」を頬張ってみたのだが、風流なのにジャンキーという一見相容れない関係の虜になってしまった。バーガー片手に見る月は、やはり美しく、静かで、凛としていた。そんな月の姿とは対照的に、大きな口を開け、やんちゃにバーガーを頬張る自分がたまらなく可笑しくなり、たちまち爽快な気分になった。その瞬間、その時悩んでいたことが、暗闇にスッと溶けて消えていくような気がして、もうどうでもよくなってしまった。

 

それ以来、9月になると必ず外で月を見上げながら月見バーガーを食べるというのが恒例行事になった。今年の中秋の名月は9月21日。平日の火曜日なので、少しフライングして、今夜いただこうと思う。月は満月に少し足りない形だが、それくらいが私にはちょうどいい。大切なのは月を愛でる気持ちだ。

 

今日の私が暮らしの中で愛しいと感じたもの。

それは年に一度、月との美味しい時間を演出してくれる「月見バーガー」。

手軽で無粋かも知れないが、わが家のお月見に欠かせない存在だ。

 

 

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